Namiがイメージコンサルタントになるまで~日本での仕事編~

イメージコンサルタントのNamiについて知っていただきたくコラムを連載します。もともとはファッションに興味がなかったNami。そこから、どのようにしてNYへの留学を決意し、イメージコンサルタントになったのか? 日本での仕事、NYでの出会い、思い出、成長、葛藤を数回に分けてご紹介。NYで学んだエッセンスや、イメージコンサルタントとしての考え方、ファッションへの向き合い方をお伝えできたらと思います。

 

見た目の力を感じた編集者時代

(なぜこの仕事を選んだのか?もともとファッションへの興味関心はどの程度だったのか?ここで知りたいです)

大学を卒業してから9年間、女性向け通販の会社で商品企画やカタログ編集の仕事をしていました。仕事はいわゆる広告作りで、その商品の魅力を掘り下げて、どんなデザインやコピー、ビジュアルイメージで打ち出すのが一番いいか、ということをずっと考えて試行錯誤していました。

同じ商品でも誌面の見せ方を変えた途端、売り上げが大きく上がった経験がありました。そこまでわかりやすく効果が見えたことは初めてだったので「見た目にはすごい力がある!」ということを改めて実感しました。

 

鎧固めの意識高い系だった20代半ば

20代はとにかく自分の足りない部分を補うことに必死でした。同期入社の仲間たちはみんな優秀で、彼らとの差を感じていたので、ビジネス書を読んだり、ビジネス系の講座を受けたり、目的なく資格を取りまくったりして、何とか人に認められたいと考えていました。地元から離れた場所での就職だったので、友人もなく、心に鎧を着て自分を守り、孤独で自信のない日々でした。

 

美しくなることはまわりをハッピーにする

そんな折、仕事でビューティー系のページを担当することになりました。幼少期からずっとアトピーに悩んでいたこともあって、美しさへの執着心は人より大きく、その原動力もあって前向きに仕事に取り組むことができました。

その時に出てきたのが「女性がきれいだと、日本が元気になる」という言葉です。

きれいだと機嫌が良くなる→周りの人にもハッピーが伝わる→家庭・学校・職場からとそのハッピーが広がって、日本が全部元気になる。と、なんとも単純な話ではありますが、あながち間違っていないと思いました。

きれいでいるだけで、自分の機嫌もとれて、周りも幸せにできるなんて、そんな社会貢献の形もあるのかと気付かされました。

 

一つの毛穴も許せない、完璧を求めすぎて辛い時代

美しく自分を保つことを意識し、ヘアメイクやネイル、ファッションにこだわり始めました。どんなに足が痛くても、素敵と思うパンプスで通勤して外反母趾がひどくなったりしましたが、そんなことは気にもとめませんでした。それよりも良く見せることを重視していたのです。(靴以外に、当時どんなファッションでしたか?)

しかし、仕事でビューティー系のことを知れば知るほど、美しくて完璧な女性と自分との差がどんどん辛くなっていきました。よく見ると自分の見た目は欠点だらけ。鼻の小さな毛穴の一つも憎たらしく思えるくらいに、小さなものにも気を取られるようになりました。とにかく化粧で隠し、盛って盛って、すっぴんから変わるほど安心していました。

 

ニューヨーク留学の決意

ちょうどその頃、交友関係が広がって会社の外にもつながりができ、考え方も柔軟になってきていました。仕事は充実していましたが、恋愛ではなかなかいい縁に恵まれず閉塞感を覚えていたので、何か環境を変えなければと、まず拠点を変えることを決意しました。

昔から海外への憧れがあったので、アメリカ英語を学べて、大好きな最新のアートにも触れられるところ…数年前に一人で旅したニューヨークは肌の感覚も合っていたし、自由な気持ちになれるかもしれないとニューヨーク行きを決めました。

 

次回は「ニューヨーク留学編」をお送りします。